前回の旅、青森の三内丸山遺跡で出会った、印象深い、吸い込まれるような緑色の輝き。新潟県糸魚川産のヒスイ。あの輝きに導かれ、私は、縄文人が切り拓いた「ヒスイの道」を逆に辿り、そのルーツである糸魚川の地に降り立った。
今回の旅の目的は二つ。古代のヒスイの女王「奴奈川姫(ぬなかわひめ)」の痕跡に触れること。そして、自らの手で、ヒスイを見つけることだ。
ちなみに、糸魚川には「糸魚川」という名の川は存在しない。地名の由来には諸説あるが、私が特に心を惹かれたのは、古代、新羅(しらぎ)から渡来した人々が「糸井」と名乗り、この地に住み着いたことに由来するという説だ。兵庫県に「糸井村」や「糸井川」という地名が残るというのも、この説にロマンを感じさせる。私はこの、地名に隠された「糸魚川の謎」に、早くも興味をそそられた。
あおい食堂:口元が語る「美味しい恥じらい」
まずは腹ごしらえ。糸魚川駅のすぐ近く、昭和の香りが漂う「あおい食堂」の扉をくぐる。お目当ては、ご当地グルメだという「ブラック焼きそば」だ。
運ばれてきた一皿は、その名の通り、イカスミを使った麺が真っ黒な輝きを放っている。見た目のインパクトに一瞬怯むが、一口食べると、その予想は裏切られた。魚介の旨味が凝縮された、驚くほどまろやかで優しい味。
しかし、このブラック焼きそばには、一つだけ「悩ましい特徴」がある。それは、食べた後に口元が真っ黒になることだ。これでは、人前で食べるのは少し気兼ねしてしまう。実際、お店を見渡すと、地元のお客さんはあまり頼んでいないように見えた。
私はこの、見た目と味のギャップ、そして「人前では少し気兼ねしてしまう」という特性を、こう見立てることにした。これは、口元が語る「美味しい恥じらい」だと。口元が黒くなることを気にしつつも、その美味しさには抗えない。そんな、地元の人も旅行者も共有する、ちょっとした「試練」であり、それを乗り越えた者だけが味わえる、特別なご馳走。幸先の良いスタートに、旅の足取りも軽くなる。
天津神社と奴奈川神社:封印された女王の力
次に私はヒスイの女王・奴奈川姫が祀られているという「奴奈川神社」へ向かった。
しかし、たどり着いた神社の名前は「天津神社・奴奈川神社」。
天津神とは、古事記などで語られる、天から降りてきたとされる神々。つまり、中央(大和朝廷)の神様だ。大きな拝殿の裏側に、もともとこの土地の神様であったはずの奴奈川姫が、天津神(瓊々杵尊、太王命、天児屋根命)と並んで祀られている。
この光景を前に、私はある歴史の大きな断絶に思いを馳せた。
あれほど縄文時代に愛されたヒスイは、弥生・古墳時代を経て、奈良時代頃に、忽然と歴史から姿を消す。仏教や金銀という新しい文化・価値観の台頭により、ヒスイの祭祀は忘れ去られてしまったのだ。そして、昭和になるまで、その存在すら忘れられていた。
ヒスイの女王・奴奈川姫の力が、新しい支配者によって「封印」されたのではないだろうか。
私は、この神社のあり方を、こう見立てることにした。これは、単なる歴史の上書きではない。女王の力の「封印」そのものだと。天津神社という、いわば「公的な歴史」の影で、奴奈川姫は、ヒスイ文化と共に、長い眠りについていたのだ。
小さな糸魚川ヒスイ原石館:ヒスイ愛好家の「聖地」
女王の封印を感じた後、私は「ヒスイ海岸」で宝探しだ!と意気込んだ。…が、その前に、ふと冷静になった。「待てよ、素人が何の知識もなく行って、見つけられるものなのか?」
そこで、神社近くにあった「小さな糸魚川ヒスイ原石館」という、個人経営の資料館のドアを叩いた。これが、この旅の運命を決定づける出会いの始まりだった。
館内には、店主だけでなく、様々な人々が集っていた。昔はゴロゴロ落ちていたヒスイを拾って売っていたという地元のおじさま。ヒスイが好きすぎて東京から移住してきたという若者。毎月のように仕入れに来ては、ヤフオクで売っているという猛者。彼らは皆、一様に、ヒスイを語りだすと止まらない、愛すべきヒスイ愛好家たちだった。
彼らから、ヒスイの種類、見分け方、良いヒスイが打ちあがる条件など、「ヒスイのイロハ」を夢中で教わった。その熱量、その知識の深さ。私は、この場所にこそ、ヒスイへの真の愛が集まっていると感じた。そして、こう見立てた。この場所は、ヒスイを愛する人々にとっての「聖地」であり、彼らはヒスイ探しの「水先案内人」なのだ、と。
ヒスイ海岸:女神の試練と、本当の宝物
「水先案内人」の一人に「海岸まで乗せて行こうか?」と言われ、お言葉に甘えて、ついに決戦の地、ヒスイ海岸へ。
目の前に広がるのは、途方もない数の石、石、石。教えてもらった知識を総動員して探すも、どれも同じ石ころにしか見えない。太陽が傾き始め、私は静かに敗北を悟った。
だが、不思議と悔しくはなかった。見つからなかったからこそ、「聖地」で出会った水先案内人たちの、あの知識と経験が、どれほどすごいものだったかを痛感したからだ。近くにあった奴奈川姫の銅像を見上げ、私は心の中で語りかけた。「あなたの真の宝は、石そのものだけじゃない。あの、石を愛する人々なのですね」と。
そして、こうも付け加えた。「ご心配なく。あなたの分け御霊であるヒスイは、先ほど『聖地』で、ちゃんとお金を払ってゲットしましたので」

【今回の見立て帖:新潟・糸魚川】
ブラック焼きそば → 口元が語る「美味しい恥じらい」
天津神社と奴奈川神社 → 女王の力が「封印」された痕跡
小さな糸魚川ヒスイ原石館 → ヒスイ愛好家の「聖地」
ヒスイ愛好家達 → ヒスイ探しの「水先案内人」
ヒスイ探し → 知識の価値を教えてくれる「女神の試練」
ヒスイという物質的な宝を探しに来たはずが、本当に見つけたのは、封印された女王の力を解き放つ「現代の水先案内人」たちという、もっと温かくて面白い宝物だった。私の「見立て帖」に、また一つ、愛おしい物語が書き加えられた。
