今回の「見立て」の旅の舞台は、青森県。私には、ずっと確かめたいと思っていた、壮大な仮説があった。
「縄文人は、私たちが思う以上に高度な航海技術を持つ海洋民族で、青森は、その古代の“都”だったのではないか?」
そんな思いを抱いていた矢先、とある本で「世界のルーツは青森。宇宙から来た龍族と交わり、シュメール文明を興した」という、あまりに突飛な説を読んでしまった。もちろん、学術的な話ではない。でも、最高じゃないか。アカデミックな探求心と、オカルトな好奇心。二つのエンジンを全開にして、私は北の大地へと飛んだ。

三内丸山遺跡:1700年続いた縄文都市
まずは、旅の目的地、三内丸山遺跡へ。ボランティアガイドさんの説明を聞きながら、広大な遺跡を歩く。そこで語られる「事実」は、私の縄文時代へのイメージを、片っ端から破壊していった。
約5900年前から4200年前まで、実に1700年間も続いた巨大集落。江戸時代が300年弱と考えると、その長さは異常だ。野球場建設を中止に追い込むほどの、段ボール4万箱分の出土品。
特に驚くべきは、その食生活の豊かさだ。彼らの食卓を想像してみる。海からは、獲れたてのサンマやイワシ、ウニやアワビ。骨だけで50種類も見つかったという魚介類が並ぶ。山に入れば、シカやイノシシを狩り、クリやクルミを拾う。さらに、豆やゴボウを栽培し、ニワトコの実で果実酒まで嗜んでいたというのだから、もはやこれは「宴」である。
これは、教科書で習った「原始的」な狩猟採集生活ではない。高度な知識と技術を持ち、自然と共存した、成熟した文明社会。目の前に広がるのは、まごうことなき古代の縄文都市の跡だった。
ヒスイと黒曜石が語る、海の道
遺跡の豊かさに圧倒される中、私の「都」仮説を裏付ける、決定的な証拠が展示室に並んでいた。新潟県糸魚川産のヒスイ。北海道産の黒曜石。岩手県産の琥珀。
特に私の心を捉えたのが、この糸魚川のヒスイだった。その深く、吸い込まれるような緑の輝き。これだけの価値を持つものが、遠く離れたこの青森まで運ばれていたという事実。その背景には、一体どんな物語があるのだろう。
「ヒスイの道」…。ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。いつか、この道を逆に辿ってみたい。そんな思いが、心の片隅に芽生えた瞬間だった。
その興奮を胸に、私はボランティアガイドさんと一緒に、広大な遺跡を歩き始めた。復元された巨大な集落を前に、先ほど展示室で見た交易のことが頭から離れない。私はガイドさんに尋ねた。
「これだけ遠い場所と交易していたということは、やはり、海を使っていたのでしょうか?」
すると、ガイドさんは「もちろん、船でしょうね」とこともなげに言う。やはりだ。彼らは、海を自在に行き来する海の民だったのだ。私は、この広域な交易ネットワークを、こう見立てることにした。これは、縄文の「海のハイウェイ」だと。
そのハイウェイを、舟がひっきりなしに行き交う光景が目に浮かぶ。北からは黒曜石を、南からはヒスイを載せて、この巨大な港を目指す船団。そこでは、多様な文化を持つ人々が出会い、言葉を交わし、各地の産物を交換する。それは、閉じた村社会などではない。活気に満ちた、ダイナミックな交流の光景だ。
巨大建造物と「全てがロマン」という言葉
遺跡のシンボル、巨大な六本柱の建物。これも、目的ははっきり分かっていないという。祭壇か、見張り台か、あるいはモニュメントか。
そこで、ガイドさんが最高の言葉をプレゼントしてくれた。「縄文時代のことは誰もわからない、だから全てがロマンなんです。あなたが『こうだ』と思った見方が、一番正しいんですよ」
これぞ、まさしく「見立て」の精神。この言葉に勇気をもらい、私はこの巨大建造物を、こう見立てた。これは、この港町に船を導くための、「縄文の灯台」だったのだ、と。
あけぼの寿司:「何もない」町の、最高の夜
遺跡で知的な興奮に満たされたその夜、私は地元で愛される「あけぼの寿司」の暖簾をくぐった。磨き上げられたカウンター、常連さんの楽しげな笑い声。そして、口の中でとろける絶品の穴子。旅の夜として、これ以上のものはない。
最高の気分で女将さんと話していると、彼女は少し寂しそうにこう言った。「青森なんて、何もないでしょう」
その一言に、私は待ってましたとばかりに熱弁していた。遺跡で得た確信を胸に。「とんでもない!今日、三内丸山遺跡を見てきたんです。あそこは、縄文時代の『都』ですよ。日本中からモノやヒトが集まる、すごい場所だったんです。もっと誇りを持ってください!」
驚く女将さんの顔。そして、嬉しそうに微笑んでくれた。この瞬間、私の「見立て」は、ただの空想ではなくなった。私は、この感動的な会話の瞬間を、「『見立て』の種を、地元に植えた瞬間」だと、心に刻んだ。
ねぶた祭りに宿る「縄文の魂」
最高の夜を過ごし、帰路につくタクシーの中。ご年配の運転手さんが、青森の誇りを語ってくれた。それは、夏を彩る「ねぶた祭り」だった。
「ホテルなんて、一年前にとらないと無理だよ」と笑う運転手さん。その熱狂ぶりもさることながら、祭りのフィナーレで行われる「ねぶたの海上運行」が、何より素晴らしいのだという。光り輝く巨大なねぶたが、夜の海を練り歩く光景を、熱心に教えてくれた。
その話を聞いた時、私の頭の中で、古代と現代が一本の線で繋がった。
夜の海を、光り輝きながら進むねぶたの群れ。その光景を、私は、かつてこの「海の都」に集ったであろう、縄文船団の灯りだと見立てた。
数千年の時を超えても、この土地に生きる人々の「海の民」としての魂は、形を変え、祭りとして、今もなお、まばゆい光を放ち続けている。私の「都」仮説は、想像以上に豊かで、感動的な答えを見せてくれたのだ。
【今回の見立て帖:青森・三内丸山遺跡】
広域な交易網 → 縄文の「海のハイウェイ」
巨大な六本柱建物 → 港を導く「縄文の灯台」
寿司屋での会話 → 「『見立て』の種を、地元に植えた瞬間」
夜の海をゆくねぶた → 現代に蘇った「縄文船団の灯り」
三内丸山遺跡そのもの → 活気あふれる縄文の「海の都」